【25日目・屏東県→台東県/71.6kg(7.2kg減)】峠越えの前に「琉球藩民墓」に寄ると

旅日記

さて、今日は山を越えて「西海岸南下編」から「東海岸北上編」になっていくビッグデイです。

朝ごはんで入った食堂のおばさんといろいろ話をしていると、娘さんが沖縄にいるということ。沖縄科学技術大学院大学(OIST)に在籍しているようで、もともとは中国最高峰の大学の一つ「北京大学」を出ているという才色兼備な方でした。

そのお母さんのご飯をありがたく頂戴しまして、僕も妻もなんだか賢くなった気分です。

たまにこういう巨人みたいな人現れる

ちょっと遠回りしてまで、行きたい場所があります。

それがここです。屏東県牡丹郷です。

牡丹社事件という、めちゃくちゃ簡単に言うと、

150年ぐらい前に宮古島の漁師たちが台湾に漂着して、いろいろな行き違いから現地住民に殺害され、それを機に台湾出兵を行った

という歴史の舞台でもあります。

ぜひそこに行ってみたい!

すると、驚くことに自転車漕ぎ始め早々、こんな看板が!

琉球藩民墓!

お墓には泡盛や日本酒も備えられていました。新しいものもあったので、台湾や沖縄から今もこうやって弔いがしっかり続いているんだなと考えされられます。

ここで手を合わせることは、個人の追悼という意味だけではなく、こういった悲劇を繰り返さないように友好を広げていこうという意思の表れでもあると思います。

台湾と沖縄の関係者双方が一緒になって作ったお墓です。

ということで、山を越えていきます。

ちなみにめちゃめちゃキツい。楽しかったけどしばらくは二度とやりたくない気持ちです。次やることがあれば絶対にバイクで行きます。

台湾には、東海岸を中心に「原住民」と正式に呼称される先住民族がいまして、16の民族があるとされており、合計で台湾全人口の2.5%に当たります。約60万人ぐらい。

牡丹には主にパイワン族という人々が住んでいます。

世の中2023年ですので、さすがに伝統の中で暮らしているわけではなく、現代社会の中で暮らしながら、行事や伝統文化を大切にして、プライドやアイデンティティを育てたりつなげたりしているように思えます。

沖縄だってそうですよね。地域ごとで豊年祭をしたり、旧盆にエイサーを踊ったり、琉装で結婚式をしたり。

こういうのは、やりすぎるぐらいで良いと思います。結局、その土地その土地の文化が、しっかりその土地に残っていく、もしくは強化されていくことが、世界の多様性になって、それらが刺激されて新しいアイデアが生まれて行ったりするでしょうし、自分の文化を大切にする心が、他の文化も大切にする心になっていくのだと思います。

どこの国のどんな土地も、誰かの故郷であり、原風景ですから。

自転車の山あり谷ありは、まさに人生。

上ったからこそ下れるという教訓を日々得ています。今日なんか、上りすぎて一瞬雲の中とか入ってましたが、下りは10kmぐらいノー漕ぎで行けました。もはや原付乗ってるのと一緒です。

この旅初めての雨にも打たれながら、心折れずに走り切りました。

明日から台湾は台風の影響で天候が崩れるようです。

数日間は、台東市大武という集落の宿に身を寄せることとします。

タイトルとURLをコピーしました